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 タカとユージは、今のところ目ぼしい手がかりを掴めずにいた。レパードのボンネットから、ひらりとユージが下りる。

 「さて、行きますか」
 「ああ、そろそろいい時間だ」

 被害者の出勤時間はだいたい今頃だと、勤め先の店で聞いている。昨夜から今朝までに彼女を見かけた者を探すには、同じタイムテーブルで動く方がいい。たいていの人間は、毎日同じ時間帯に同じ場所にいることが多い。

 「駅前に停めるのは無理そうだぜ」
 「仕方ない。この辺から歩いていくか」

 車から下りると、冷たい冬の風が身体の温もりを奪っていく。ユージの身体が、ぷるっと小さく震える。それを見たタカはさりげなくユージの風よけとなる位置を取った。
 こういうことを自然にできるところがタカらしいと、ユージはいつもながらそう思う。

 「タカ…」
 「ん?」
 「なんでも、ない」
 そんなユージに、タカは苦笑する。ユージもそれを見逃さなかった。彼の口調に拗ねたような色が滲む。

 「なんだよ、それ」
 「なんでもないさ」
 戯れのような会話を交わしながら歩く。それは駅前のざわめきの中に紛れていった。

 「タカ、あれ…」
 「カオルじゃないか」
 二人の足が思わず止まってしまった。視線の先にいるのは、確かに港署少年課の真山薫である。女子高生達と向かい合って、なにやら話をしている。

 同僚の鈴江と腕を組んで歩き始めたカオルに、二人は小走りに近づいた。タカが声をかける。
 「カオル」
 「あら、二人ともどうしたの?」

 その言葉には答えず、タカは問い返す。
 「さっき話してた子達は、いつもこの辺にいるのか」
 「目をつけたわけ?でも、タカさんの好みには、ちょっと若すぎるんじゃない」
 「そうじゃな…」

 タカは言おうとしていたことを、全部言わせてもらえなかった。
 カオルの口からは、言葉が矢継ぎ早に打ち出されてくる。さすが港署のボンバーレディと、密かに言われているだけのことはある。

 「女子高生だと、どっちかといえば…まだ大下さんの好みに近いわよね。でも一番近いのはトオルかしら。あっ、ナカさんを忘れてたわ。女子高生といえば、ナカさんよっ。これで決まりよ。たまには目新しいのがいいっていうのもわかるけど、まだ仕事中でしょ。ナンパがバレたら、また課長に怒られるわよぉ。まぁ、黙っててあげてもいいけど、フフフ…口止め料高くてよ」

 これだけの台詞を、カオルは一気に言ってのけた。タカもユージも、口を挟む間などあるわけがない。口止め料の要求を出したところで、やっと絨毯爆撃な口撃が止んだ。

 「カオル…俺が聞きたいのは、あの子達はいつもあそこにいるのかってことだ」
 「聞き込みしたいだけ。好みだの、ナンパだのって、トオルじゃあるまいし」
 二人ともぐったりと疲れながら、とりあえずこれだけ言った。

 「あら、したことがないとは言わせないわよ、大下さん。タカさんも」
 カオルが勝ち誇ったように言い放つ。その隣では、カオルに腕を取られたままの鈴江が、『俺はお地蔵』を心の中でくりかえしていた。

 「「今日は違うッッ」」
 タカとユージ、二人の声が見事にハモった。

 「ふ〜ん、そういうことにしといてあげるわ」
 「しといてって…」
 言いかけたところでタカに袖を引かれて、ユージは口を噤んだ。

 わずかに見上げたタカの目が言っている。
 『止めとけ。触らぬ神にたたりなしだ』
 だが、カオルの場合は"触らずともたたりあり"ではないだろうか?
 『……だろ』
 口に出す愚は犯さずに、ユージも目で伝える。

 「何をやってんのよ、二人で見つめあっちゃって。相棒の顔なんて見飽きてるでしょうに。それとも、何か言いたいわけ〜」
 「何かって、さっきの話だ」
 これ以上カオルに付き合って時間を潰すわけにはいかないと、タカはやっとのことで軌道修正を図る。早くこの件を片づけて、銀星会の相手をしなくてはならない。

 その言葉に、カオルは何だったっけ?という顔をする。
 「だから、さっき話しかけてた子達は、いつもあそこにいるのかってこと」
 ユージの口調にも、さらりとした中に仕事の顔が見える。

 それを感じ取ったカオルも、今度はまじめに答えた。
 「毎日いるみたいよ。別に何をするってわけじゃなくて、ただあそこで話をするだけらしいけど」

 鈴江がやっとここで口を挟んだ。どうにかお地蔵さんから復活したらしい。
 「あんなとこで、寒いのによくやるよな」
 「でもまぁ、地面に座り込まないだけマシよ」
 「いえてる」
 カオルと鈴江は、顔を見合わせて頷く。

 「あたしたち、パトロールの続きがあるから、じゃあねー」
 手を振りながら鈴江を引っ張っていくカオルを見送って、タカもユージも踵を返した。駅改札近くの階段下に、行き交う人波を避けながら近づいていく。

 件の女子高生達は、先程の場所で同じように話を続けていた。何を話しているのやら、ころころと絶え間なく笑っている。

 「楽しそうじゃないの」
 「あの年頃は、箸が転がってもおかしいそうなからな」
 タカの台詞に、じっとユージはその顔を見た。

 「ジジくさいぜ、それ」
 「ジ…教養があると言って欲しいな、ユージ君」
 「何がだよ」
 それが教養か否かの結論が出る前に、この会話は打ち切ることになった。

 女の子達は、すぐ近くまでやってきた二人に、未だ気づかないでいる。
 「ちょっといいかな」
 タカは努めてソフトに声をかけた。もちろん、サングラスはその前に外してある。その後ろにいるユージは、唇に薄い笑みを浮かべる。彼にはこの先の展開が読めていた。

 突然声をかけられて、女の子達が一斉に二人を見る。一瞬で彼女達が警戒したのが見てとれた。一様に口を閉じる。

 「タカ、ダメじゃないの。こわがらせちゃ」
 軽い調子で笑いながら、ユージはタカの肩を叩く。
 「俺は声をかけただけだ」
 タカは憮然としてそう言った。守備範囲外のお子様は苦手だと、その顔が言っている。

 そんなことは分かりきっているユージが、代わって話を切り出す。
 「俺達、別に怪しいモンじゃないから。聞きたいことがあるんだ」
 女の子達はそれぞれに顔を見合わせる。その中の一人が、口を開いた。
 「おじさん、何者?」


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