「せめてお兄さんにしてくんない、まだ若いんだからさ」 おじさんという単語にカクッとコケたユージの隣で、タカの頬が笑いを刻む。ユージは目敏くそれを見つけた。 「なに笑ってんだよ。俺よりタカの方が年上だろ」 「それを言うなら月上だ。半年も違わないだろうが」 「半年も違うじゃん」 「半年じゃなくて、4ヶ月半だ。1ヶ月半もサバ読むな、ユージ」 「4ヶ月半と3日だろ。タカこそ、ごまかすなよな」 二人の見た目を裏切った子供っぽい会話に、女の子達から警戒と緊張が解けていく。 「へーんなの」 一人が笑いながらそう言うと、一緒にいた子達も揃って笑いだす。 おもしろそうに笑われて、タカは小さく咳払いをし、ユージはそんな相棒に目配せをする。 とりえあず場が和んだところで、ユージは本題に戻った。 「あのさ、この人なんだけど、この辺で見たことないかな」 上着の内ポケットから被害者の写真を取り出して、彼女達の前に差し出す。 「あっ、このおばさんッ」 写真を指さして、次々と声が上がった。 「あの時のだよねぇ、美穂」 美穂と呼ばれた子が頷く。 「うん、間違いないよ。あの時の人だよ」 「あの時って?」 ユージの問いに、彼女達はまた顔を見合わせた。 「お、にいさん達も知り合いの人?」 今度はタカとユージが顔を見合わせることになった。『…達も』というのはどういうことか。この事件の詳しいことは、まだ発表されていないはずだ。 「俺達、こう見えても刑事なんだ。これが本物の警察手帳ってやつ」 ユージは周囲に気づかれないように、コートで隠すようにして手帳を見せる。 「ふーん、刑事さんなんだ」 しげしげと二人を見ながらも、一応は納得してくれたらしい。 「この人を見た時のことを、聞かせてくれないか」 タカの言葉に促されて、美穂はついと腕を上げる。その指が示す先には、花束が供えられていた。 「一昨日、あそこで人が死んだの」 その事故は、二人にも聞き覚えがあった。 「雨が降った日だったよな。足を滑らせて階段から落ちたっていう…」 「違うのッ、滑らせたんじゃなくて……」 一人が意を決したように言った。 「そのおばさんが、手で押したのよ」 「本当なんだから」 思ってもみないことが飛び出してきて、二人とも驚かずにはいられない。 「詳しく話してくれないか」 真剣に問い返す二人に、彼女達の顔も真剣なものになる。 「見たって言っても、信じてくれないだろうって思ってけど、刑事さん達だったら信じてくれそうな気がするから…」 「あの日もあたし達、ここにいたの」 いつも何気なく見ている人の群れ。その中の一点に目を止めたのは、本当に偶然でしかなかった。 「下から階段を上がっていって、そこにそのおばさんが上から下りてきて…こんな風に」 右手の指が、右斜め上から左の指を押した。 「階段の一番下まで落ちちゃったの」 その時を思い出した彼女達の顔が曇る。 「この人が押すのが、はっきり見えたんだね」 美穂と呼ばれた子が、こくんと頷いた。 「あの時、あたし、あそこにいたから」 その位置まで移動する。確かにここからなら、階段を右斜めの角度で伺うことができる。 「すれ違う時ぶつかりそうになって、おばさんが右手でこう肩を押して…あっ、あぶないって思ったら、もう…」 状況は概ね把握した。だが、気になることがもう一つある。ユージがその疑問を口に乗せてみる。 「それを誰かに話したのかな。さっき知り合いの人とか言ってたけど」 「昨日の今頃かなぁ、あの花の前でずっと立っている人がいて、すごく辛そうな顔をしてた」 「あの人の恋人だよ、絶対」 その点はみな同感らしく、うんうんと頷いている。 「そしたら、そのおばさんが下りてきたんだよね」 「あんなことしてよくここを通れるねって言ってたら、その男の人が話しかけてきたの」 「その人の名前とかは?」 タカの問いに、揃って首を振る。 「知らない。言わなかったし…」 「刑事さん、そのおばさん捕まえて。あの人がかわいそう」 「振り向かなかったのよ。あんなに大きな悲鳴と音がしたのに。自分のせいだってわかってたから、そのまま行っちゃったんだよ」 「あたし達を信じてくれるんでしょ」 真剣な瞳に見つめられて、タカもユージも息を呑んでしばし言葉を探した。 「この人は亡くなったんだ。だから、もう捕まえることができない」 ユージの言葉を引き継ぐように、タカは極めて客観的に事実を話す。 「今朝、死体で発見された。階段から突き落とされたと思われる」 「タカッ」 彼女達の目が大きく見開かれた。美穂が二人に顔を向ける。 「もしかして……」 意外に冷静で頭の回転が良い娘だ。 「……捕まえるの?」 「どんな理由があろうと、犯罪に変わりはないんだ」 タカは感情を抑えた声で、そう答えた。 他の娘達も、会話の意味に朧げながら気づいたようだ。 「それが俺達の仕事だから」 ユージの声がどこか苦しげに響く。 「話してくれて、ありがとう」 軽く頭を下げて、二人はそこを後にした。 「タカ、もう少し言い方を考えろよ」 車に乗り込むが早いか、ユージが噛みつく。 「遅かれ早かれ、知ることだ」 わかっている−タカの言うことも、タカが言わないことも、ユージにはわかっていた。時に感情を排したような言い方をするこの男の、その奥にあるものを、彼は誰より知っている。 「カオルはまだあの近くにいるはずだな」 「そうだな。専門家に任せるとするか」 ユージの指が、カオルの携帯の番号を押す。 「〜というわけで、ちょっとフォローしてくんない」 「なんつーことを持ち込んでくれるのよ、大下さん!」 「それはタカに言ってくれよ」 ほいっとユージはタカに受話器を押しつけると、素知らぬ素振りで車を発進させる。 「おい、ユージ……相手は高校生、つまり少年課のお仕事。頼んだぞ、カオル」 これ以上、ゴタゴタ言われる前にと、タカは強引に電話を切った。 ハンドルを握るユージの声が緊迫している。 「急ごうぜ。なんか悪い予感がする」 「ああ」 タカもまた、同じものを感じていた。こういう予感は外れてくれと、何度願ったことだろう。だが、当たってしまうのだ…嫌になるほどに。 夜の帳が下りた街を、何かに後押しされるように、二人は無言で車を飛ばした。 |