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あ |
KNITTING NEEDLE
季節を感じさせる乾いた風がカラカラと、乾いた落ち葉を暮れようとする空へと舞い上げている。秋の日暮れは早い。早々に暗くなっていこうとする空の色合いをよそに、街は不自然な明るさを増していく。
フロントガラス越しにそんな街を見つめながら、ユージはハンドルにもたれかかった。今日一日がここで、この車の中で終わってしまう。仕事柄よくあることとはいえ、溜め息もでようというものだ。
「なぁ、タカ…」
「……どうした?」
言葉を切ったユージに、タカは前方に目を向けたままで促す。
「今回も長期戦って気がしない?」
「そうかもな」
ガバッという勢いで、ユージが身を起こした。次いで身体ごとタカの方へと向き直る。
自分を見るユージの瞳が、きらきらという擬音付きで輝いているのが分かる。それが何かを考えついた時の仕種であることを、タカは長い付き合いの中で十分に知っていた。
「ユージ、前見て見張ってろ」
「ちょっとぐらい、タカが見てれば大丈夫」
タカは一つ溜め息をついて、視線をそのままにユージの話を聞く態勢を取る。ここで無視でもしようものなら、後が煩い。もっともはなから無視する気もないのだが。
「長期戦覚悟なら、それなりの準備ってもんが必要だよなっ」
「またテーブルクロスを編むのか?」
いつぞやの張り込みの時に、ユージは立派なテーブルクロスを編み上げた。現在、そのクロスはもちろんテーブルの上にある。では、そのテーブルはというと、タカの部屋にあるのだ。ユージがお泊まりに来た時に、部屋代と称して置いていったのである。
もう一枚増やすのかと聞くタカに、ふるふるとユージは頭を振った。
「今度は別のだよ。毎度同じじゃつまんないだろ。タカ、コーヒーよろしくな」
「……わかった」
タカの答えを聞いて満足したユージは、前に向き直って張り込みに神経を戻す。そんなユージの横顔をちらりと見て、タカはわずかに微笑った。
今日もまたレパードの車内では、見様によってはとっても怖い光景が展開されている。だが、当の本人達はそんなことなど、全く気にしていなかった。
「ほら」
タカの手が、入れたてのコーヒーを隣に差し出す。
「んっ、ありがと」
ごく自然なタイミングで、ユージの手がそれを受け取った。
視線も合わせず、ほとんど単語のみの会話で成り立ってしまう。カオルいわく、『倦怠期の夫婦』の世界がそこにある。
ユージは手元とフロントガラスの先とを交互に見ながら、手はせっせと編み棒と毛糸を操っている。
『器用な奴……』
タカが心の中で呟く。よく間違わないもんだと思った途端に、ユージが奇怪な声を上げた。
「げっ、マズいッッ」
「どーしたっ」
思わず目を向けたタカの前には、真剣なユージの顔があった。
「目落っことした…」
「はぁ?」
タカには意味不明な言葉である。
「いいから、タカは見張ってろよ」
「お前が変な声だすからだろうが」
と言いつつも、タカは視線を元に戻した。編み物に気を取られて逃げられましたなんて、洒落にも冗談にもならない。
ユージが力を抜いた気配を感じて、声をかけてみる。
「どうなった?」
「フォローした。瞬間、焦ったけどな」
「今までの苦労が水の泡か。で、何作ってるんだ」
正方形を通り越して、長方形に伸びていくそれは、形はテーブルクロスに似てきたが、そうでないことはタカにも分かる。
「膝掛け。張り込み中だから、シンプルに作れるのじゃないとな」
「あっ、そう」
「なんだよ、その気のない答えは」
半ば拗ねて口を尖らすユージに、タカはなだめるように手を振った。
「分かった、分かった」
タカは前方を向きながらも、横目でちらちらとユージを見る。一気を信条とする、はっきり言って堪え性はないユージが、よく編み物なんぞやれるものだと思う。
あんまり繰り返しタカが見るものだから、ユージも気になったらしい。目と手はそのままに口を動かす。
「タカぁ、視線がこそばゆいんだけど…なんか言いたいわけ?」
「……面倒くさくないのか、それ」
言われたユージは、えっ?!という顔で小首を傾げる。
「レース編みの方が面倒だぜ、糸が細いから。今回のは極太の毛糸だから、進みが早くて楽しいくらいだけど」
「何か一つは取り柄があるもんなんだな」
どこかしみじみと聞こえるそれに、ユージがまた口を尖らしかけて、一転パッと表情を変える。
「もしかして…タカ、拗ねてる?」
無邪気に発せられたユージの言葉に、タカは飲みかけたコーヒーをあやうく吹き出しそうになった。
「あのな〜」
「大丈夫、タカのも作って上げるから」
にっこりとユージが笑った。
「二枚作るまで張り込むつもりか」
「あいつが来るまでだろ。さてと…」
コーヒーを飲み干しコキコキと肩を動かすと、ユージは目を張り込みに、手を編み物へと戻した。
その様を見て、タカは助手席のシートに深く身を静める。
ユージが二枚の膝掛けを編み上げるのと、ヤツが現れるのとどちらが先か、賭けてみるのもいいだろう。どうせ待たされる身だ。
「もちろん、俺が先に決まってる」
タカがそう言った途端に、ユージの答えが帰ってくる。
「なら、早く仕上げるんだな。俺は長々とここで待たされたくない」
「俺だってやだよ」
「だったら、口を動かさずに手を動かせ」
「タカが話しかけるからだろうが」
なにやら今度は『痴話喧嘩』の様相を呈してきたが、これまた本人達は全然気にしていない。
局地的異世界をよそに、今日も街は暮れていく。
犯人逮捕、張り込み終了までに、さらに数日が過ぎなければならないことを、この時の二人には知るよしもなかった。
例の膝掛けは、犯人逮捕数分前にきっちり二枚編み上がり、一枚はやはりユージのお泊まり代として、無事(?)にタカの部屋の備品となるのであった。 |